ようこそいらっしゃいました。

 

これは前回の続きです

 

 

 

眠るように安らかな顔を、

最後に見せてくれた母。

 

昔と変わらない、やさしい

きれいな顔をしていました。

 

感謝します。

ありがとうございました。

こんな親不孝の私を、

許してくれたのでしょうか。

 

 

母の葬儀を終えた1年後には、

父も後を追うように

ガンで亡くなりました。

 

亡くなる数か月前に、

父と二人で伊豆へ旅行しました。

 

そのころには、私も父が

長くないことを知っていました。

 

2泊3日の旅でしたが、

とくに深刻な話をすることもなく

無事故で帰ってきました。

 

父は、最後は自宅で死にたいと

希望していました。

 

でも、ガンの痛みには

かないません。

 

最後は入院先で、

私に看取られながら

亡くなりました。

 

父に対する憎しみは、

私ができなかった、

母を介護する父の姿により、

少しづつ消えていきました。

 

結局、父と母は

愛し合っていたのだと、

思えるようになりました。

 

因果の理法

 

でも子供たち3人は、

大変な思いをしましたよ。

 

今でも姉弟なかよく、

何とか生き延びていますけどね。

 

このような家に生まれたのは、

自分の宿業と思わない限り、

納得がいくものではありません。

 

人は生まれながらに不平等である。

 

一方で、

因果の理法からみれば、

平等でないからこそ、

公平なのです。

 

その不平等の原因は、

過去世において、

自分が作ったと考えます。

 

現在の幸不幸を決定するのは、

過去に作った原因によると考えます。

 

未来もまた、

同じ法則なのだから、

現在の生き方で決まります。

 

このような思想にたてば、

人が見ていないからとか、

法律に引っかからないからとか、

言っていられませんね。

 

悪いことはできません。

自分自身の生命に、

未来を決定する原因が

刻まれるのだから。

 

 

私も、姉弟も、

よほど悪いことを

したのだろう。

 

その報いは、受けました。

 

 

そして、私もようやく40半ばで

結婚することができました。

 

あなたたちの孫も、

たった一人ですが誕生しました。

 

元気にのびのびと、

成長していますよ。

 

 

地獄のような業火に焼かれた後でも、

そこから新しい命が生まれるように、

 

戦後の焼け野原にも咲いた、

たくましい若芽のように。

 

私達の息子は、

生まれながらにして、

 

王子さまのように、

幸せに育っています。

 

きっと息子は前世で、

良いことをしたのでしょう。

 

最後に

 

いままでは何でも一人で決めて、

自分の責任で生きてきました。

 

でも一人ではできないことが、

たった一つだけありました。

 

それは、子供を授かることです。

 

私の美人でかわいい、

しかも賢明な奥さまに、

 

心から感謝を捧げるのは、

子供を産んでくれたからなのです。

 

 

私は数え切れないほど、

失敗を繰り返してきました。

 

それでも、ようやく近ごろになって、

幸せを感じる日々を送ることが、

できるようになりました。

 

 

もし、あなたやあなたのまわりに、

介護などで苦しんでいる人がいたなら、

 

私のような後悔が無いよう、

無理なく最後まで介護できるよう、

祈ります。

 

他人に助けを求めるよう、

自分でも学べるよう、

祈ります。

 

私の最大の過ちは、

変に自分に自信があったため、

にっちもさっちも行かなくなるまで、

他の人に助けを求めなかったことです。

 

少しでも無理と感じたら、

声を出して助けを求めましょう。

 

早ければ早いほど、

不幸の連鎖を断ち切ることができると、

状況の打開につながると信じます。

 

 

 

ところで、私が死んだ後も、

何年かはこのブログは残るでしょう。

 

だから今のうちに、

「ありがとう」を言っておきます。

 

私の凝り固まった頭脳を、

柔らかくしてくれた奥さんに感謝。

 

体調を気遣ってくれ、

長生きさせてくれたことに感謝。

 

なにより、

はーちゃんを産んでくれたことに、

感謝の気持ちを伝えます。

 

「ありがとう(^◇^)」

 

以上で私のプロフィールと

させていただきます。

 

これまで、

ご縁のあった全ての人の

健康と幸せを祈りつつ。

 

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