死にかけて初めてわかること

 

人生の決算報告を垣間見たような

 

 

 

20年前なら死んでいたと思います。

急性心筋梗塞で運ばれた時のことを

記事にしました。

 

生活習慣病に心当たりがある人は

読んでみてくださいね。

 

 

健康診断の要再検査は無視していた

 

もう何年も前から高脂血症だと、

注意されていました。

 

でも塩辛い物や肉たっぷりの料理が

すきでモリモリ食べていました。

お酒も大好きでした。

 

我が家の美人のママは、

薄口の料理を出してくれていたので、

発症が先延ばしになっていたと思います。

 

それでも、ついに

その日はやってきました。

 

バスを待っていた時に気持ち悪くなり、

立っていられなくなりました。

 

たまたま、目の前に内科医院が

あったので助けてもらいました。

 

バタバタと自分のまわりが

高速で回転していました。

 

医者や看護師さん、

救急隊の方などがテキパキ働いて、

救急医療センターに運んでくれました。

 

救急車で運ばれている時、

「ああーっ、もしかしたら死ぬかも」

思いましたが、死ぬ直前に見るといわれる

走馬燈は回転しませんでした。

 

そのかわり赤色灯が、

勢いよく回っていました。

 

 

不幸中の幸い

 

このとき幸せだと思ったことがあります。

 

このまま死んでも悔いはない

思えたことでした。

 

だから地獄には行かないな、

ラッキー!ってね。

 

さて、手術室に直行すると

看護師さん達が忙しそうに

何やら準備していたので、

 

「大門先生を呼んでくださいっ」

 

と、お願いしました。

 

しかし、誰も笑って

くれなかったようです。

 

 

今どきの手術方法

 

カテーテルを使った手術は、

局所麻酔で行なわれます。

 

意識はあったから、

右手首の動脈から何かが

入ってくるのがよくわかりました。

 

痛みはないけれど、

体内になにか薬を注入するたびに、

血圧が低下したり上昇したり、

息苦しくなったりしました。

 

長く感じたけど実際は、

1時間程で終わったようです。

 

 

その後の経過など

 

うめき声のする集中治療室で1泊、

なにかと騒がしい普通病棟で3泊しました。

 

経過もよかったようで、

のべ5日間で無事退院となりました。

 

高い生命保険に入っていましたが、

免責というものがあって、

それが4日間でしたから、

1日分の入院補償しかありませんでした。

 

「がーん!」

 

 

保険は安い県民共済で十分だと

思い知らされました。

 

さて気分もよく、後遺症などの

自覚症状もなかったから、

退院したその足でイオンに行きました。

 

先生は1か月は自宅療養し、

体力の回復につとめてくださいねと、

運転もだめですよと言われていたのにです。

 

案の定、売り場を

15分ほど歩いたところで、

あの倒れたときの

貧血のような感じになり、

近くのベンチソファに

倒れ込んでしまいました。

 

いざという時のため処方されていた、

ニトロベンという薬をつかって

なんとか生き返りました。

 

懲りない管理人は、退院した

その日に再入院するところでした。

 

そんなことがあったので、

その後は先生と栄養士の先生に

いわれたことを守って現在にいたります。

(塩分やカロリーなどの食事制限)

 

寿命をいただいたことに感謝しつつ、

新たな人生を始めました。

 

変えたことといえば、飲食を今までの

7割程度にしたことです。

 

腹八分目よりも少なくしました。

 

なかなか良い感じで、

お腹まわりも引きしまってきたかも。

 

仕事への早期復帰はむずかしいと感じ、

このさい本格的にアフェリエイトの基本

を学ぼうと決意しました。

 

趣味のブログを副業に

しようと思ったのです。

 

学びの人生はとても楽しいですよ。

なにはともあれ、これからは一病息災

病気とお付き合いしながら、

余生を過ごしていこうと思っています。

 

ところで、病棟の看護師さんたちには、

毎日ダジャレを聞かせていました。

 

今後はジョークに磨きをかけて、

臨終のときには、「辞世の句」ならぬ

「辞世のジョーク」を決めるべく、

人生を楽しんでいきたいと思っています。